タイルアートの北先生へインタビュー


2016092001

タイルアート
北 和子

【プロフィール】

昭和18年1月6日生まれ。
昭和36年県尼崎高校卒業。
松下電器産業入社。45年出産のため退社。
昭和52年米川タイル設立。
平成1年タイルアート工房TOMO設立。
平成2年キッチンスペシャリスト養成講座上級修了
平成5年尼崎市市会議員当選。2期8年を務める。
平成13年喫茶「はなみずき」を開設。
平成27年「はなみずき」を閉店。
その後、再びタイルアートをはじめ、現在に至る。

ご主人がタイル屋をやっていてタイルに触れる機会が多かったこともあり、タイルの美しさに魅かれる。特に、タイルにもともと描かれている絵の美しさには魅かれるものがあった。

その後、チラシでタイルアートを知り「これならできる。これを使えば尼崎一のタイル屋」になれると思いタイルアートに取り組む。

全国INAXデザイン大会最優秀賞や優秀賞、産業協会賞などの賞も受賞。将来は、タイル業界発展のため「タイルアートギャラリー」を作りたいと思っている。

椋本:タイルアートについてお伺いします。

タイルアートって2種類あるのではないですか?一つは、紙を素材を切ってタイルに貼る。貼り絵のようなもの。もう一つは、タイルを切って貼っていく。北さんが取り組んでおられるのはどちらですか?

北:私が取り組んでいるのは、タイルを切って貼る方のタイルアートです。

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椋本:なるほど。タイルアートを始められたきっかけは何ですか?

北:まずは、主人がタイル屋をしていたことですね。それに、外に出ないでできることと世の中にあまりなかったことが「やってみようかな。」と思ったきっかけですね。

椋本:なぜ、世の中に少ないのですか?

北:1枚当たりの原価が高いからではないでしょうか?紙なら数円でありますが、タイル代が1枚360円ほどしますからね。それに、割れやすいし、ガラス切りで切らないといけないので難しさもありますね。だから、する人が少ないからではないでしょうか?

椋本:なのになぜ?

北:私の場合は、娘が腎臓を悪くし入退院の繰り返しだったので、松下電器産業を退社し、私の実家のタイル事業を手伝うことになり、身近に素敵なタイルがたくさんありました。それに、仕事の多くは、ビルの現場や内装・外装のタイル工事を請け負っていたので、残品も多くありました。

本当は、タイルの絵でも室内にあれば、お客様喜んでくれるのでしょうけど、職人さんには絵を書くようなセンスのある人が私の身近にはいないので、そのような提案は最初からしないでしょ。それも、始めるきっかけだったかもしれません。

椋本:内装でタイルを使うとなれば、キッチン、お風呂、トイレなどの水回りだと思うんですね。それに、そのような所に使うタイルは、汚れをふき取りやすく耐久性のある分厚いものが使われますよね。そんな分厚いタイルをどのようにして細かく切るのか想像ができないですね。

北:そういうタイルではなく、クラフトタイルというのがあるんですね。色も60色以上あって、厚みは2.5ミリなんですね。だから、切るというよりは割るというイメージなのですが、コツさえつかめば足の形のような曲線でも切れるようになります。

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椋本:タイルアートに取り組んでいるタイル屋さんって他にもあるのですか?

北:尼崎にはたぶんないと思います。それもあって、これに取り組めば、尼崎一のタイル屋になれるんじゃないかと思ったんですね。それに、店番をしながらできるわけですから、効率的だったんです。

椋本:今で、何年くらいしておられますか?

北:間は抜けている期間もありますが、かれこれ30年くらいになりますね。

椋本:作品はどのようなものがありますか?

北:そうですね。同級生が小学校の先生で、「卒業作品に何かない?」と持ちかけられて作った作品がありますね。これも不思議な縁がありましてね。その時の校長先生が、私の恩師でしてね。予算を取ってくださったんですよ。「未来の夢」っていうんです。これが、全国INAXデザイン大会第15回で最優秀賞をいただいたんです。

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椋本:賞を取ったことで仕事に影響はありましたか?

北:カタログで作品を見られた歯医者さんから引き合いがありましたね。その時に作ったのが、今度は優秀賞をいただきました。

椋本:タイルアートで賞があるということは、全国で取り組んでいる人は結構いるということですか?

北:いますよ。全国ではね。芸大では学科がありますからね。それにINAXさんではアートクラフトモザイクタイルというパンフレットを出していますので、タイル屋さんを通じて一般の方に少しずつ広まっていますし、芸術の分野の人は、「何かないか?」と探している方もいらっしゃいますからね。

椋本:北さんは、タイルアートの存在をどのように知ったのですか?

北: 35歳くらいの店番をしていて、タイルに絵が描かれたものがあることを知りました。それを娘の学校のバザー出展に土瓶敷きをたくさん作りました。その時にタイルって素敵だなと思ったんです。その後ですね、チラシでタイルアートのことを知ったのは。もともと絵を描くのが好きでしたから、「これなら私にもできる」と思ったんです。

椋本:初期のころはどんなものを作っておられたのですか?

北:一番最初は、コースターでしたね。大きいものを作るには技術がないわけですから、小さいものをいくつも作っていましたね。

椋本:大きな絵を描こうと思ったきっかけはあるのですか?

北:近松の里で、「尼崎がこんな街になればいいのにな」と思って子供たちのためになればと取り組んだのが最初ですね。それも産業協会賞をいただきました。

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椋本:今まで、大小取り混ぜてどれくらいの作品を作って来られましたか?

北:たくさん作りましたね。アルカイックホールでも塚口のピポット広場でも作品展をしてきましたからね。

椋本:今後はタイルアートをどのように広めていきたいですか?

北:今は、自分の思いをパンフレットにして多くの人に知ってもらいたいですね。将来は、タイルアートギャラリーを作りたいと思っています。タイル業界のためにもなりますし、福祉の役にも立つと思っています。

椋本:応援していますので頑張ってください。


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