尼崎の立花亭落語会で活動する「落語家・露の團四郎」さんインタビュー


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小柄ながらもそのエネルギッシュな熱演で老若男女のお客様を元気に、笑顔にする落語家・露の團四郎さん。もうじき芸歴40周年を迎える今も、天満天神繁昌亭をはじめ全国各地へ公演に出向くほか、ご自身のお住まいに程近い尼崎で立花亭落語会など精力的に活動を続ける「上方落語会のヨン様」にお話を伺いました。

(聞き手:ライター 山崎恵里  撮影:株式会社マインドアイ 椋本庄治)

【落語家・露の團四郎(つゆのだんしろう)のプロフィール】

1955年福岡県生まれ。77年3月、露の五郎(後の露の五郎兵衛)に入門。78年京都会館での「露の五郎30周年リサイタル」にて初舞台。以来、各地の落語会や地域寄席に精力的に出演。師の影響により怪談噺を得意とし、百面相にも長ける。また大阪にわかにも取り組み、86年に四代目一輪亭花咲(いちりんていはなさく)を襲名。立花亭落語会や新撰落語もぎた亭、上方落語福岡県人隊などに参加。上方落語協会会員。
◎Facebook:露の団四郎のフェイスブック
Twitter:露の団四郎のツイッター

子どもの頃見た落語から、笑いにハマった

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山崎:落語家になろうと思われたきっかけを教えてください。

團四郎:小学校3年の時、テレビで東京の二代目 桂伸治師匠(十代目 桂文治)の落語を見て、なんておもしろいんだと衝撃を受けたんです。

それから笑いにハマりまして。笑いにも漫才や新喜劇などいろんな形がありますけれども、やはり最初に見た文治師匠の落語が脳裏に焼きついていて、一人でできる落語家になりたいと思うようになりました。

山崎:子どもの頃から落語への想いが強かったんですね。もともと人を笑わせることも好きだったんですか?

團四郎:割と好きだったと思いますよ。小柄なものですから、校舎の下にあるすき間の中に潜り込んで柱に抱っこしてキッキッキ—とサルの真似をするとすごく笑われて。人はこんなことで笑ってくれるんだなあとうれしく思ったものです。

山崎:そこからどうやって落語家になる道を歩んだのですか?

團四郎:本当は中学を出たらすぐにでも噺家になりたかったのですが、親からはせめて高校は卒業しなさいと言われまして。高校1年のときに親父が病死したんですが、貧乏だったので奨学金をもらって卒業できたんです。

でも今度は奨学金を返さなければならないことがわかったんです。もらったものだと思ったのに。じゃあしょうがないから奨学金を返す分だけは働こうと、3年間だけミツカンで働きました。奨学金を返したらもうあとは自分の人生だと思い、会社を辞めました。

山崎:すごく有名な大手企業ですし、ずっと勤め続けようとは思いませんでしたか?

團四郎:いや、3年と決めていたのでありませんでしたね。

山崎:東京に出て江戸落語をやることも考えましたか?

團四郎:小学校のときは東京がいいなと思っていましたが、中学校に上がるとだんだん関西の笑いに引き込まれていきまして。笑いはやはり関西なのかなと。それに当時、笑福亭仁鶴師匠ブームだったことも影響しました。

山崎:いろいろな師匠がいらっしゃる中、露の五郎兵衛師匠についたのはなぜですか?

團四郎:姉の親友のいとこが吉本新喜劇の「竜爺」でおなじみの井上竜夫さんの友人でして。落語をやりたいのなら露の五郎兵衛師匠だろうということで、井上さんが私のことを口添えしてくださったんです。

山崎:とんとん拍子に進んだんですね。弟子にさせてくださいと門を叩いても、一度や二度は必ず断られるイメージがありますが…。

團四郎:普通だとそうだと思いますし、私もその覚悟があったんです。でも紹介という形で、本当にありがたいご縁でしたね。

師匠からなまりを徹底的に直された

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山崎:内弟子生活はいかがでしたか?

團四郎:師匠の自宅で3年ほど内弟子として生活しました。朝は7時に起きて犬の散歩から始まり、師匠の身の回りのお世話や、掃除、洗濯、ご飯の支度など家事のすべてをしていました。

当時師匠が京都花月での仕事を終えて帰宅するのが20時とか21時で、そこから晩御飯の用意をするわけです。晩御飯には師匠もちょっと一杯飲んだりして。食べ終わって23時とか24時に片付けまして、その後すぐに寝れたら良いんですが、私がその日ちょっとなにかで失敗したりすると、そこから延々とお説教が始まって、毎日夜は遅かったですね。

1時とか2時に寝ることが多くて、早く寝たいなあと思っていました。

山崎:もう辞めたいと思ったことはありませんでしたか?

團四郎:一回もないですね。私は落語家になるためにここに来たわけで、ここを辞めていたら落語家にはなれないのです。師匠から毎日のように「お前辞めてまえ!」「田舎に帰れ!」となんぼ怒られても、「なんで帰らなあかんねん!」「なんで辞めないかんの?」と心の中で思っていました(笑)。

山崎:内弟子生活を終えられてから、高座にあがるようになったのですか?

團四郎:内弟子の間も修業ということで高座の機会をいただいてはいました。ただ、言葉を直さないと高座にあがらせてもらえなかったんです。福岡のなまりを直さないことには高座は無理だと。だから私の発する一言一言に、師匠と師匠の奥さんからは厳しく直されました。

朝起きて「おはようございます」と言うと「なまってる、あかん。もう一回言って」とか、おつかいに行って帰ったときに「ただいま」と言うと、「なまってる!もう一回やり直し、表へ出て!」とか。

山崎:それは大変でしたね。

團四郎:師匠の方が大変だったでしょうね。よく辛抱してくださったと思いますよ。本当にありがたかったです。

師匠のおかげで落語にとどまらず幅広い芸につながった

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山崎:師匠譲りの怪談噺を得意としていますが、怪談噺は当初からされていたのですか?

團四郎:内弟子になって4ヶ月後には師匠のお手伝いをしていました。師匠から突然「今日からはお前は吹き替えの幽霊や、やりや」と言われてやるようになって。

山崎:落語のお稽古は大変でしたか?

團四郎:高座ではいつも大きな声を出すことが基本でしたから。若いうちには大声を出さないと、歳をとったときに出せなくなるので。

山崎:怪談噺の魅力はどこにありますか?

團四郎:笑わさなくていいから楽なんですよ(笑)。怖がらせてなんぼ。怪談は演者→幽霊→演者に早変わりしますが、幽霊が出てきてお客様がキャーって叫んでいただくのを見るともう大成功。中には泣く方もいらっしゃいますよ。

山崎:得意な怪談噺はありますか?

團四郎:一番初めに覚えた「雪の戸田川」はよくやっていますね。

山崎:落語と怪談噺は別のものですか?

團四郎:落語には人情噺、怪談噺、芝居噺、滑稽噺などいろいろなパターンがあって、これらが全部できるようになった方を噺家と言うんです。

滑稽噺やオチ噺だけだと落語家になります。怪談噺をやっていれば人情噺もできるんですね。怪談と人情は紙一重なので。それがまた芝居噺も通じるんです。私は師匠について、ありがたいことに全部できるようになっていったんです。

山崎:大阪にわか(※)にも取り組まれ、四代目一輪亭花咲(いちりんていはなさく)を襲名されています。大阪にわかというのは落語とはまた違うジャンルなのですか?

團四郎:ジャンルは違うけれどもイケイケなんです。大阪にわかの方が落語よりも先にできたかもしれないけれども、「にわかに物事を始める」ことから「にわか」という言葉ができた説もあれば、「にわやかへい」という方が始めたから「にわか」という言われもありますし、京都の島原に「わちがいや」という遊郭があってそこで始まったから「にわか」とか。にわかにはいろんな説があります。

山崎:にわかは一人でするものなのですか?

團四郎:一人でやる「流しにわか」、二人でやる「軽口にわか」、三人以上でやる「にわか芝居」とあります。軽口にわかが今の漫才みたいなもので、にわか芝居が新喜劇に進化するのです。一人にわかは落語みたいなものですね。

山崎:師匠はどのにわかをされることが多いですか?

團四郎:私は二人で軽口にわかをすることが多いですね。芝居になると、うちの一門しかしないので道具を揃えるのも稽古も大変なんです。

二人でやるのがすぐにできてちょうど良いですね。私は小さい頃から漫才も吉本新喜劇も好きだったから、それらが全部できるのがにわかの魅力なんです。師匠がにわかをやっていたおかげで、それで私も好きなことが全部できたわけなんです。

山崎:にわかには落語、漫才、芝居といろいろな要素が詰まっているとは、とてもおもしろいですね。

團四郎:今年12月にも天満天神繁昌亭で、弟子の露の團姫(つゆのまるこ)と二人でにわかをやる予定です。にわかは最低もう一人が揃わないとできないので、今後もっと機会があるといいのですが。

声を出して体を動かすことがリハビリになる

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山崎:各地で講演活動もされていますが、どんなお話をされるのですか?

團四郎:修業時代のエピソードから、ビジネスや日常生活における気配りやコミュニケーションの大切さを、笑いをからめながらお話させていただいています。また高齢の方には「リハビリ落語」をしています。

山崎:リハビリ落語はどういったことをするのですか?

團四郎:私と一緒に小噺をしながら、大きな声を出して体を動かすことでボケ防止に役立てていただいています。高座から見て左手が上手(かみて)、右手が下手(しもて)と言います。

たとえば、「えらいこっちゃ〜」「どないしたん」「隣の空き地に囲いができたがな」「へぇ〜」といった簡単な小噺を、左右の手を上げながら声を出すことで元気になる、四十肩も治るわけですよ。

最後は落語を見ていただいて、笑って帰っていただきます。笑いは健康のもとですからね。

山崎:落語、にわか、講演活動と幅広くご活躍されていますね。他にされている芸などはございますか?

團四郎:若い頃は大道芸ですね。ガマの油売りとかバナナのたたき売りとか南京玉すだれとか、そういう余芸をもってイベントに出るのです。百面相もその一つで、百面相は上方落語界では私しかやらないのがウリです。

山崎:いまはどんな活動が多いですか?

團四郎:天満天神繁昌亭で福岡県人隊やもぎた亭の会などをやるほか、夏場は怪談ですね。

山崎:尼崎でもよく活動されているのですか?

團四郎:立花福祉会館で奇数月に1回、立花亭落語会をやっています。もう25年以上になりますね。

健康に気を付けて100歳まで現役、120歳までバカンス

山崎:還暦を過ぎ、もうすぐ芸歴40周年を迎えられる師匠ですが、本当にお元気そうですよね。

團四郎:お客様に笑っていただけるのが、私のエネルギーの源ですよ。

山崎:FacebookやTwitterも利用されているようですが、どんなことを発信していますか?

團四郎:終わった公演の報告とか、あとは告知もしています。Twitterは娘に手伝ってもらいますが(笑)。

山崎:今後やっていきたいことや目標にしていることなどがあれば教えてください。

團四郎:これからも小さな集会所も含めて、呼ばれれば全国どこででも演じさせていただきます。座布団さえあればできますから。100歳までは現役で続けたいですね。100歳から20年間はバカンスで(笑)。生涯現役でいたい、そのためには自分が健康でないと。

山崎:健康づくりのために、何か日課にしていることはありますか?

團四郎:特にないですね。運動とか散歩はなかなかできなくて。でもきなこ、黒ゴマ、青汁、亜麻仁油、ハチミツ、牛乳を入れて混ぜたジュースは毎朝飲んでいます。私が家族みんなの分を作りますよ(笑)。もう10年以上続けていますが、おかげで二日酔いすることがなくなりましたね。

山崎:師匠はお酒もよく飲まれるんですか?

團四郎:ほとんど毎晩飲んでいますね。家では缶ビール1本くらい、打ち上げや付き合いなどでは2合くらいでしょうか。でも、おいしいお酒をいつまでも飲みたいじゃないですか。だから、最近は深酒はせずお酒の量を制限するようにしています。もうこれ以上は飲めないというのが自分の中でわかるんですよね。

山崎:健康に良い心がけをされていますね。他に習慣にしていることはありますか?

團四郎:お風呂の中で鼻うがいは毎日しています。おかげで風邪も引いていないですね。

山崎:落語家にとって喉はとても大事ですから、生涯現役間違いなしですね!最後に、落語を知らない、見たことがないという市民もまだまだ多いと思います。初心者でも落語を楽しむためのポイントがあれば教えてください。

團四郎:落語にコツもルールもありませんよ。おもしろかったら笑うだけ。おもしろくなくても笑う(笑)。楽しんでいただければ一番です。

落語の敷居は高いどころかめり込んでいますから(笑)、気軽に普段着とかパジャマで見に来て、楽しんで帰っていただけたら本当にうれしいですね。

(※)大阪にわか…新喜劇などのお笑い劇の原型とされる、歌舞伎や文楽のパロディーから始まった即興劇

<露の團四郎 近々の出演予定>

2016年5月30日(月)立花亭落語会@立花福祉会館
(問い合わせ:あきんど落語笑店 0798-43-0394)

   6月18日(土)福岡県人隊公演@天満天神繁昌亭 
(詳細は天満天神繁昌亭HP http://www.hanjotei.jp/)

   7月19日(火)立花亭落語会@立花福祉会館
(問い合わせ:あきんど落語笑店 0798-43-0394)

   7月23日(土)新撰落語 もぎた亭 14:00開演 動楽亭
(問い合わせ:あきんど落語笑店 0798-43-0394)

   7月27日(水)夏夜の怪談@天満天神繁昌亭
(詳細は天満天神繁昌亭HP http://www.hanjotei.jp

   7月30日(土)尼ビュー落語会@尼崎ビューハイツ
(問い合わせ:あきんど落語笑店 0798-43-0394 寄席実行委員会 06-6489-4641)

   8月24日(水)アンデルセン童話落語会@天満天神繁昌亭
(問い合わせ:あきんど落語笑店 0798-43-0394)


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